トップページ日記 > 2018-08-28

サイゾーウーマン

いよいよ発売が迫ってまいりました『ジェラシー』を、いしいのりえさんが紹介してくれています。いつもありがとうございます。

http://www.cyzowoman.com/2018/08/post_198608_1.html

でもね……でも、ここでもちょっと言いたくなっちゃうんですけど、官能小説家が一般文芸の小説家と一線を画して捉えられる場合が多いとするなら、その理由はセックスを赤裸々に書いているからでも、その行為が低俗だからでもないと思うんですよ。

ダサいから一線を画される。

一般文芸だってセックスは重要なモチーフのひとつなわけで、村上龍は90年代の風俗嬢(とその予備軍)にとってカッコよかったし、山田詠美はアデージョにとってカッコよかったし、渡辺淳一は日経読んでるアッパークラスのサラリーマンが憧れてしまうくらいカッコよかったし(笑っちゃうけど……笑っちゃダメか、論旨的に)、松坂桃李のヌードでキャーキャー言ってる女子にとって石田衣良はカッコいいわけですよ。

官能小説がもっとメジャーになるためには、カッコつけることを覚えたほうがいいな、と思っている昨今です。

カテゴリー: [日記] - 09:25:01

そのダサさが耐えがたい

エロさとダサさは親和性が高い。そもそもパンツを脱いでやることなんだから、ダサい部分が大いにあってしかるべきなんだが、そこをなんとかもうちょっとカッコよくする努力をしていかないと、官能小説に未来はないと思う。

それでは「カッコよさ」とはなにか? にわかには答えられない難問だが、新鮮さや時代性やスピード感や、まあ軽妙洒脱って言ってもいいけど、とりあえず綺羅光が登場したときは団鬼六よりカッコよく見えたし、千草忠夫と由起かほる、牧村僚と櫻木充でも同じことが言えると思う。それは先行する作家が悪いわけじゃなくて、流行とは洗練を求めるものだからだ(もちろんカウンターもある。村西とおる的な)。

だから俺なんかも、官能小説をもうちょっとカッコよくすべく微力ながら日々コツコツと精進しているわけですが……ヌーベル官能小説……しみじみダサくて泣けてくる。どうせゴダールとビュトールの区別もつかないノータリンの発想だろうけど、とろけるチーズとケチャップを入れて「イタリアンもんじゃ」と言い張ってる葛飾区の駄菓子屋レベルにダサい。それで悪けりゃ、「カッコいいことはなんてカッコ悪いんだろう」を履き違えているサンボマスター並みのセンスだ。

まあ、エロ小説なんてその程度で充分だと思われてるんだろうな……哀しいですけどね……。

カテゴリー: [日記] - 01:40:45

ページ管理者:草凪 優
イラスト:小玉 英章