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『黄泉醜女』花房観音(扶桑社)

ブログなんて書いている場合ではないほど年末進行で追いつめられているわけですが、つい手にしてしまったばかりに、なにか言わないといられなくなってしまった。まだ1章しか読んでないんだけど、あきらかにご本人がモデルと思われる登場人物の語りで官能小説業界のあれこれを描写してて、それがいちいち思いあたる節があることばかりなうえ、あまりに悪し様な書き方にカチンときたのだろう、同業者の大泉りか氏がコラムで反論めいたことを書いてたりしていて(http://am-our.com/love/296/12640/)、面白すぎる。

 賞を取ったときの授賞式で、ある官能小説誌の編集者に言われた言葉も忘れられない。
「大御所の○○先生とは仲よくしといたほうがいいよ。仕事もらえるから、くっついてろよ」
 私はそのとき「小説家ってそんなもんじゃないだろう」と不愉快になった。(『黄泉醜女』P41)

誰なんだよ、大御所の○○先生って(笑)。まあ、睦月さんのことだろうけど、言ってる本人(モデルと思われる編集者)が素浪人みたいになってるんだから、説得力のかけらもないよな。あんたがくっついて仕事もらったらどうなんだっていう話ですよ。ちなみに、俺はド新人のときに酔っ払って睦月さんにからみ倒して、10年経ったいまでも会えばあのときはひどかったって嫌味言われているよ。自分が不愉快になってるようじゃ、まだ甘い。俺は相手を先に不愉快にしてる。あえて困難なところに立ち、筆の力だけで人望を得ることを自分に課したわけですよ(冗談ですからね)。

大泉氏によれば、業界の会合は、「会社の飲み会のようなもの。で、女流官能作家の多くは、まだ新人もしくは新人に近い立場の者が多く、ゆえに性別は関係なく、先輩方の席を回って酌をしながらご挨拶くらいはする。これって、社会人の常識ではないでしょうか」ってことになるらしいが、小説家はサラリーマンではない。

せこい常識なんて守らなくても、全然生き残っていける。俺がまだ東京にいて、業界の飲み会によく参加していたころは、どこに行っても俺がいちばん下っ端だったけど、基本的に誰よりも早く泥酔して、先輩の悪口ばっかり言っていたからね。でもまあ、余裕で生き残ってますよ。俺より社会人としての常識があったって、俺のほうがエロいものを書いてりゃあ、仕事は俺にくるに決まってるよ。それに、売れて生き残ってる人って、まー社会的な規範からはずれている人ばっかりでしょ。常識人っぽい人なんて、エロ作家としてはたいていポンコツですよ。

「売るのは“女”ではなく、どちらかといえば“人間”」というのも、どうなんだろう?

「いやー、世知辛い世の中ですから、売れるものはなんでも売らないとやっていけないんですよ。アハハハ」みたいな感じで馬鹿は相手にしなきゃいいんじゃないの?(椎名林檎スタイル) 女でも人間でもなくて、「作品」を売る自信があるなら。

でも、あれですよね。俺も編集者とかに「あの作家は可愛い」とか言われると、冗談だってわかっててもムッとしますね。「あの駅のトイレ掃除のおばさんは可愛い」とかだと身を乗りだすけど、同業者は嫌ですね。自分が言われたら嫌だからね。あの作家はイケメンとか、話が面白いとか、物腰がスマートだとか言われると、どうせ俺はブサイクなおっさんで酒乱で意地汚いけど、誰よりも一生懸命書いてるだろ! と机ひっくり返したくなりますよ。

こんな俺でも、書いてりゃ大御所の先生からもあんまり文句言われなくなるわけだから、書けばいいと思いますけどね。しなつくって先輩に酌してたって、逆に宴会なんかいっさい出なくたって、いい作品を書いてりゃ一目置かれますよ。そんなところに問題の核心はない。物書きなんだから、書いたもので評価したりされたりしないと、つらい。

いまや女流官能小説家嫌いで知られる私ですが(笑)、こう見えて、某女流小説家(いま売れっ子)が新人のとき、勝手に版元に売りこんで帯まで書いたことがあるからね。その人と面識なかったけど(いまでもない)、作品がとてもよかったから。見ている人はちゃんと見てるので、小説家だったら常識磨くより、作品磨いたほうがいいですよ。たいして書いてもいないのに、作家気取りがいちばん最悪だと思います。

いやー、すみません。『黄泉醜女』については、全部読んだらあらためて感想書きます。

●追記
こんなことを書いてるから、パーティに行っても近づいてくる後輩はブルマ王子くらいなんだな、と深い自己嫌悪に陥る。

カテゴリー: [日記] - 11:48:53

ページ管理者:草凪 優
イラスト:小玉 英章